29歳のときでした

- 8月初め、南からの寒風が吹く街の中で、ぼくは途方に暮れていた -

仕事に就いて5年目、少しずつ貯まっていた貯金をはたいて、
学生の頃から夢見ていた海外旅行に行くために、成田行きの列車に乗った。
旅行雑誌で見つけた、ニュージーランドでのホームステイ。
嬉しさも緊張もありながら、空港カウンターのほうに向かった。

何人くらいで行くツアーかな …
みんなと仲よくなれるかなあ …
ワクワクもドキドキも、毛穴から吹き出てきそうなほどで、
「今晩のニュージーランド行きの、搭乗手続きをお願いします。」

無事に手続きを終えて、係のお姉さんに尋ねた。
「この旅行は、何人くらいのツアーなんですか?」
「みなさん、どこに集合しているのですか?」
すると、お姉さんは「うん?」という顔になって、
「えーっと、このツアーで搭乗されるのは、ミツダさん一人ですよ。」

最初で最後の海外旅行。
英語もろくに喋れないぼくが、見知らぬ国へ一人旅。
「どうなってしまうんだろう…」
急に3キロほど痩せた気がした。

でも、11時間半かけて朝方に到着した異国の空港。
無事に税関を抜けてロビーに出ると、「Welcome, Mitsuda!」
白い大きなカードを、高く掲げている女性を発見した。
ホームステイ先のお母さん、ショーナさんだった。
「おじさん(マイナス)(ワン)」のぼくは、子どもの頃の安堵感を思い出した。

その日から、2週間だけの外国暮らしが始まった。
英語学校にも申し込んでいたぼくは、
ショーナさんの家からバスで通うことになった。

子どものようにショーナさんに連れられて、バス停に向かった。

バスの乗り方や降りるバス停を教えてもらって、
学校にも連れて行ってもらった。 … これで大丈夫!

翌日から、憧れだったニュージーランドの生活が始まった。
一人で家を出て、教えてもらったバス停に向かった。
よかった。ちゃんと一人で行けた。
バス停には、地名がついてなくて「5」が書かれていた。
数字に強いぼくは、絶対に忘れることはない。「5だ‼︎」

学校近くのバス停が近づいてきた。
少し手が震えながらも、降車ボタンを押した。
ちゃんとバスが止まってくれた。 あたりまえか…

少しだけ長かった一日を終えた。
ぼくは、日本語の通じない外国の地を一人で行動している。
なんか、不思議だった。

少し迷いながらも、帰りの便が来るバス停に向かって、
ホームステイ先に向かうバスにも乗ることができた。
「なかなかやるじゃん…」
あとは「5」で降りればいいだけ。

「4」を過ぎ、バスのフロントガラスの前方に「5」が見えてきた。
帰りは手も震えることなく、ボタンのど真ん中を強めに押した。
「どんなもんだい。あとはショーナさんの家に帰るだけだ!」

確かに「5」だった。「でも、こんな景色だったけ?」
まだ「30(マイナス)(ワン)」、いくら外国でも乗車した場所くらいは覚えている。
明らかに違っている場所だった、そこは。
ぼくは憧れの地で、迷子のおじさんになってしまった。

ふらふらと歩いていた。8月のニュージーランドの日暮れは早い。
おなかも空いてきた。なんか飲みたい。
しばらく歩いたが、自販機は全く見当たらない。
だんだんと暗くなる中、少し歩いていると、見たことのない大通りに出てしまった。

目の奥が熱くなり、薄暗い通りの景色が歪んで見えてきた。
「日本に帰れる?」
もう、一人で探すことはできない。「仕方ない、誰かに聞こう!」

トボトボ歩いていると、遠くのほうに人影が見えた。
ジョギングをしている若い女の人のようだ。
「話してくれるかな? 見知らぬアジア系のおじさんに?」

たどたどしい英語で、「Excuse me? Could you tell me the way?」
少し汗ばんだ笑顔を見せ、女性は立ち止まってくれた。
「Go straight this street,and…」

ぼくはお礼を言って、教えてくれた道を急いだ。
こんなときだ。本当に人の温かみを感じる。
所々の街灯に照らされる景色にも、だんだんと見覚えが…

でも、通りを突き当たったときに、足が止まった。
「ここを、右に? 左に?」
その時、冷たい風がまとわりつく中で、また異国にいることを思い出した。「もう無理かなあ…」

そうしていると、大柄な男性に出会った。
犬の散歩中だった。
その頃のぼくは犬が苦手だったが、そんなことは言ってられない。
「Excuse me? Could you tell me the way? …」

また一つ、見知らぬ地の、知らない人への恩が増えた。
言われた通りに、道を進んでいくとあった。
「あの『5』番だ!」
再び目の奥がもっと熱くなった。1回目とは違う意味で。
「帰れる…」

ただ、初めて一人で向かったバス停からの帰り道。
暗闇の中には、ぼんやりと記憶していた街並みの色がなくなっていた。
多分、あと5分も歩けばショーナさんの家に着くのに。

極寒の8月の夜には、もう誰も歩いていなかった。誰も走っていなかった。
所々にある民家から漏れる暖かそうな灯りを頼りに、探してみた。
でも、空腹の精根尽きたぼくには、もう見つける力はなかった。

「嫌がられるかなあ… こんな遅い時間に…」
でも、その手段しかなかった。
立派な門の横に見えている小さなボタンを、少し震える手で押してみた。

すると間もなくして、玄関の扉が開いて、アジア系の女性が出てきてくれた。
えっ、もしかして日本語通じる?
「こんばんは。日本語大丈夫ですか?」

たどたどしくも、「こんばんは。どうかしましたか?」と返してくれた。
なんだろう。日本語を話せるって、こんな幸せなことなんだ!
ぼくが続けようとすると、
「ちょっと待ってください。私の息子が日本語話せます。」

少しして、高校生の息子さんが出てきてくれた。台湾から移住してきたご家族だった。
「こんばんは。何かお困りですか?」

ぼくは子どものように、高校生の若者にショーナさんの家まで連れて帰ってもらった。
そしてその方たちへの恩を返せずに、ぼくは帰国した。

誰かが言っていた。
「恩返し できなくても、違う誰かへの恩送りをしたらいいよ。」

- 見知らぬ地でいただいた、見知らぬ人からの温もり。 ちゃんと返せているのかなあ… -

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