小6の冬でした。あれから3ヶ月経っていました。
朝、目を覚ますと、体がずっしり重く、まぶたに力が入らない。
間接のあちこちが痛んだけど、何とか上体を起こしてみた。
うわーっ、頭の周囲を分厚い空気が取り囲み、しめつけてくる。
「痛っー。」久しぶりの頭痛に、何だか寒気もある。
そばにあった体温計を脇にはさんで、目を閉じた。
「そろそろ計れたかな…」
体温計を脇から外して見た。水銀の銀色がぐーんと伸びでいる。
「39.4!」、やっぱり…
布団から這い出て、手すりを握りしめ、1階に降りていった。
台所で、朝食の支度をしていた母がふり返り、
「どうした。なんかしんどそうやね。」、「熱でもあるが?」
ぼくはガンガンする頭で、小さくうなずき、「うん。9度4分。」
「それはいかんね。今日は学校を休みや。電話しちょくき。」
「あっ、それから、薬局にも電話入れちょく。」
なぜだか、ぼくは、
「んっ? このシーン、前にもあったなあ…」
「それに、今回は、薬局…?」
よそ行きの声で電話をかけ終わると、母がふり返った。
「学校にも、薬局にも、電話をしたきね。」
「うん、ありがとう。」、「でも、どうやって…」
母は続けた。母には免許がない。
「どうする? 一人で行ける?」
いつも薄着のぼくは、セーターやジャンパーを着込んで、
玄関を開けて、自転車を出した。
「気をつけて行きよ。」いつもになく、外まで出て見送ってくれる母。
心配してくれているようだ。でも、母には免許がない。
昨夜の天気予報で、「明日は寒気が入り、とても寒くなります。」と言っていた。
手袋をしていない手は、自転車のグリップを握れず、
グーをしたまま、グリップの上に置いて、薬局までの2kmを急いだ。
店の入口から中に入ると、咳き込んでいるおばさんがいて、
店のおじさんに何か相談していた。
多分、どの薬が効くのかとか、なにかかなあ。
とにかく、ぼくはおばさんの後ろに並んで待っていた。
すると店のおじさんが、ぼくの存在に気づいてくれた。
「んっ? さっき電話をかけてきてくれたお母さんの…?」
「えっ? 熱のある君が来たが? お母さんは?」
店のおじさんは、矢継ぎ早にぼくを質問攻めに。
高熱のぼくは、少しだけ口角を上げて、愛想笑いでごまかした。
うちの事情は、口にはしなかった。
店のおじさんは、ぼくの前にいたおばさんに言ってくれた。
「この子、すごい高い熱があって、自分で薬を買いに来ちゅうみたい。」
「少しだけ待っちょってくれますか?」
驚いたおばさんは、「あっ、もちろんえいよ。早くつくっちゃって。」
ぼくは、小さく弱々しい声でお礼を言った。ガンガンする頭を下げて。
店のおじさんは、いろいろな成分を組み合わせて、
その時のぼくにいちばん効く薬を、手早く作ってくれた。
少しだけ大人のふるまいを意識しだした小6のぼくは、
精一杯の感謝の気持ちを、おじさんとおばさんに告げて、店から出た。
店のおじさんは、そんなぼくのことが気になったのか、
先客のおばさんを店に残したまま、外に出てくれて、
ぼくの背中に、これ以上ない心配を届けてくれた。
ぼくは、心配している母が待つ家に向かって、ペダルを踏んだ。
脈打つこめかみを我慢しながらも、薬以上の元気をもらって。